春の雪(日本)

【愛しては、ならない。】

瀬を早み 岩にせかるる 滝川の……
われても末に あはむとぞ思ふ……
私の好きな歌…… この歌の意味わかる?
川の流れが早くて、岩に止められた流れが、
一度はふたつにわかれても、
また、いつかひとつになるように、
私たちも、何かに邪魔をされても、
将来は、きっと一緒になろう……そういう意味なの


三島由紀夫原作の『豊饒の海』シリーズ四部作の第1巻の映画化。
僕は、どの作品も読んだ事がない。
三島から連想されることは、究極のナルシズム。
予想通り、この作品の主人公である松枝清顕を始めとしたナルシズムの極致が描かれていた。

かつての東宝作品を彷彿とさせる文芸作。
正直、見ていて鳥肌が立ちそうだった。
そこには、僕が愛してやまない美しい世界観があったから。

大正初期の東京。大正デモクラシー。
近代の中で、僕がいちばん愛する時代だ。
僅か15年しかない中で、東洋と西洋文化の見事なコラボレーション。
公爵、伯爵の華族制度。
今よりもずっと丁寧な日本語を大切に使っていた時代。
現代のように言葉を省略する事なんて有り得なかっただろう。
芸術や限りなく贅を尽くされた物を大いに受け入れ愛した時代。

だけど、その美しさの裏には大きな犠牲があった。
家名を守るためだけに生きる人間。現代以上に建前で生きる時代。
女性の自己主張は御法度。慎ましく生きることしかできなかった時代。

この物語において、すべての元凶は清顕の子供じみた行いだった。
それさえなければ、すべてはうまくいっていただろうに。
ただ、僕は清顕の取る行動が手に取るように理解できた。
僕もきっと、ああいう振る舞いをするだろうから。
どうしようもないところまでいっても、それでもまだ行なおうとする性…。
この作品でも、男は脆く、女性は強かった。

後悔はいたしません。この世ではもうあの人とは、二度と逢いません。
お別れも存分にしてまいりました。


行定勲監督は、重要なキーワードとして輪廻転生と清顕が書き綴った夢日記を残しながらも、
原作を大胆に削ぎ落とし解釈して描ききったようだ。
ここに原作をこよなく愛する人からの賛否両論の声が上がるだろう。

撮影が、『夏至』、『花様年華(かようねんか)』、『珈琲時光』で
職人技としか思えない見事な映像を披露してくれた台湾の名匠・李屏賓。
今作でも彼の映像世界は、この世のものとは思えない程に繊細で時に力強く、実に美しかった。
僕の中ではアカデミー賞級の映像美だ。

松枝清顕役の妻夫木聡。
初めて演じるであろう自己中心的な役。
19才の清顕を、無理なく演じていた。
その安定した演技ぶりが久々の好演に思えて、なんだかとても嬉しかった。
それにしても、キスシーンは本当に巧い。今回も彼の口元ばかり見ていました(笑)。
『ウォーターボーイズ』をきっかけに日本映画を評価し、映画館で観るようになった経緯がある。
その主演俳優だった彼の【映画俳優】としての成長ぶりをこれからも見守っていきたい。
綾倉聡子役の竹内結子。
正直、映画館で、『いま、会いにゆきます』を観るまで彼女のことは好きではなかった。
今作では、清楚で可憐でそれでいて芯のある女性を嫌味なく見事に演じていた。
この役を演じきれるのは、今の日本の若手女優の中では彼女だけだろう。
実生活での妊娠は、この役を演じるにあたってとても考えさせられるものがあっただろうに。
清顕の親友・本多繁邦役の高岡蒼佑。
彼の役柄と演技ぶりが、この作品の中で一番印象に残った。
清顕に対する友への思いが、ある種のホモセクシャル的でとても興味深い。
その熱い友情に思わず、涙しそうになる。
『パッチギ!』ではそんなに印象は残らなかったけれど、今作での彼は本当に強く印象が残る。
ほかにも、三島自身とリアルタイムで生きた世代の
岸田今日子、大楠道代、若尾文子らベテラン勢の名演技ぶりが光る。

あえて欠点を挙げるとすれば、
唯一のミスキャストとなる聡子の婚約者・洞院宮治典王殿下役の及川光博と、
それまでの感情の余韻をぶち壊したと言える
エンディングに流れる宇多田ヒカルの『Be My Last』。
話題を呼ぶ為に著名なシンガーに曲を依頼するのが、日本の大手配給会社の情けないところ。
いい加減に中身だけで勝負してほしい。 

この作品は、今の日本人にはない世界観を描いていた。
もしかしたら、今の若者には理解できないものがあるかもしれない。
涙が、とめどなく流れる作品でもない。
だけど、観終わった後、しみじみと心に深くなにかが残っている。
150分という長丁場の上映時間が、僕には束の間の夢のひと時だった。

いつか、本多が主役となる物語の続き(まずは第2巻『奔馬』)を見られる日がくるのだろうか…。

雪が溶けて春が来たら、
僕たちの距離は思っていたよりももっと近いことに気がついた。
あの時、僕たちに降った雪は、今、桜の花びらに変わる。
次の冬が来る前に、今度は降り注ぐ桜の祝福を受けよう。
僕たちはきっと、幸福を手に入れる。


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三番街シネマ/奈良ちゃん

前売り券1300円→1500円

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