ディベート/妻夫木聡×26人の子どもたち。

『ブタがいた教室』(2008)
ブタがいた教室②
まず、これはあくまで僕個人の感想です。
この映画に対する感じ方は、劇中でも描かれるように幾通りもあると思います。
『ブッキーが爽やかでカッコいい!
こんな先生だったら、めちゃくちゃ嬉しい!キャアキャアキャア☆』…で終わるはずだった。
でも正直、ブッキー:妻夫木聡がどうこう、誰かの演技がどうこうという映画ではなかった。
……僕この作品、はっきり言ってしまえば好きじゃないです。
まだ小学生の子どもにとって、余りにも過酷すぎる課題を与えていたと思うから。
担任の提案から飼い育てたブタのPちゃんを“食べるor食べない”という議題は、
『人はなぜ生きているのか?』と同じくらい答えが出ないもの。
こういうテーマを突き詰めていたら収拾がつかなくなることは目に見えていたし、
それこそ大人だったならば宗教的な問題にもなりかねないほどの重たさ。
これを討論する過程こそが大事だと言う人がいるのは解っているけれど、
最終学年の卒業前にクラスの仲間が対立してまですることなのか、ずっと疑問だった。
もっと楽しい思い出作りをすればいいのに…。
【先生】という漢字は、先に生きる人と書く。
生徒の道標となるべき人が、
(こういうテーマを扱うのであれば)子どもと同じように悩んでいるのはどうかと思った。
子どもが納得する答えを漠然としてではなく、
きちんと用意しておくべきではなかっただろうか。
終盤に星先生が屋上で同僚教師に語った台詞を聞いて、少し無責任に思えた。
クラス内の出来事に収めるならともかく、
学校全体を巻き込んでの行動は行き過ぎだと思う。
特にPちゃんを引き取って育てると決めた、
【3年生】の気持ちを考えたことはあるのか?と思った。
明らかに彼らの幼き気持ちを踏みにじっていたよね。
本当に6年2組の生徒26人ひとりひとりの気持ちを考えて始めた実践教育だったのか?
僕には一教師の(新米ならではの)理想論に燃える自己満足と
エゴからくる行動にしか思えなかった。
もし僕がこのクラスの一員だったならば、この課題から棄権する。
それもひとつの意見:権利だと思えるから。
まぁ、小学生の時に棄権という発想は思いつかないだろうけど。
敢えてどちらかを選べという協調性を求められるならば、
食肉センターへ送る方に参加する。
その理由は、食肉センター側の彼らたちが
劇中で代弁してくれていたものと何ら変わりない。
この映画は全員が主役なので登場人物のモノローグが一切ない。
なので、誰の視点で観ればいいのか困惑してしまった。
あそこまで描くのであれば、
(実話でもあるし)総括として星先生が感じた最終意見を観客に伝えるべきだったと思う。
出来ることならば、当時この課題に取り組んだ小学生たちの
(過去を思い返しての)今の意見をインタビューとして挿入してほしかった。
あのラストシーンで終わらせるには余りにも子ども心に哀しく残酷すぎる。
僕にはこの映画から感動というものをこれっぽっちも受け取ることが出来なかったです。
【映画】というより【ドキュメンタリー】の一結果論として観るべきかも。
正直、僕が星先生のクラスのひとりだったら…きっと冷めた目で、
『先生が飼って食べたいと言い出したんやから、僕らに責任転嫁せずに
(先生が)最後まで責任もって飼いぃや』と言い放っていると思います。
それか問題の元凶であるPちゃん自体をこっそり逃がすことに奔走するかも。
この映画の生徒のように(先生に対して)従順な子どもばかりじゃないと思う。
その辺りは一緒に観た女子親友曰く、『ちょっと綺麗に描きすぎじゃないかな。』
小学生に“いのち”と“食”の大切さを教えるには、
もっと違う方法があるはずだと僕は思えました。
…観終わった後、いろんな人:友達の意見を聞きたくなる映画だった。
(観た人が)過去に出会えた先生や経験した学校生活での環境も
関わってくると思うので、白熱したディベートになりそう。
以上、優しい眼差しで観ることが出来なかったElijahの感想でした。
満足度:★★★☆

関連記事
スポンサーサイト

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

trackbackURL:http://eplace.blog19.fc2.com/tb.php/649-f2c5583d
該当の記事は見つかりませんでした。