私は愛。

ミラノ、愛に生きる
『ミラノ、愛に生きる』(2009)
◆観た理由◆
美しい映像と描かれる題材に惹かれたので。
◆覚え書き:この映画を観て思ったこと◆
物語自体は特に目新しさはなく、
これまでにどこかで観てきたような焼き直し的な作風だった。
物語よりも映像と感性で魅入る作品だと思う。
主人公である富豪のミラノマダム、エンマを演じたのは英国女優ティルダ・スウィントン。
これまでユニセックス的なイメージだったけど、
前半での長い髪の時は女性らしさを感じて綺麗だった。
髪を短くしてからはいつもの彼女らしかったけど。
今回は英語を一切封印してのイタリア語とロシア語を流暢に語る姿を観て、
益々知性を感じさせられた。
エンマがそれまでの“普通”の女性から開花したきっかけは
長女エリザベス/ベッタ(アルバ・ロルヴァケル)の
性的指向を知ってからだったのだろうか。
僕はどうもエンマと長男エドアルド/エド(フラヴィオ・パレンティ)の友人であり、
料理人のアントニオ(エドアルド・ガブリエリーニ)が
互いに強く惹かれあう描写に説得力を感じられなかった。
食欲と性欲は相対するということなのか。
エンマが長男エドを失った時に僕は元の鞘に戻るのかと思っていたら・・・
そのまま解き放たれたかの如く、“愛=欲”の元へ走り去って行ったので驚いてしまった。
思わず、この母親に罪悪感というものはないのだろうかと感じずにはいられなかった。
ロシアから嫁いで来たという疎外感も含めた上で、
彼女はそれほどまで抑圧された生活を送っていたのだろうか。
その辺りの描写が浅いので、僕は彼女の取る行動に賛同し難いものがあった。
子の母である前にひとりの“女”であったということなのだろう。
正直なところ、エンマとアントニオの2人があの後、
のうのうと生きていくのは許し難いと思えるものがあったな。
それくらいラストシーンに至るまでの過程に茫然とさせられたし、
最後に見せる長女ベッタの微笑や長男の嫁エヴァ(ディアーヌ・フレリ)の言動は
意味深に取られるものがあった。
イタリアの家長制度の中で女性の強さや存在、ここにありきということなのだろうか。
僕はただただ家族や会社の為に動いていた長男エドが可哀想に思えてしまったな。
振り返れば確かに“愛に生きる”ひとりの女性の物語だったけど、
観る人によって物議を醸し出すような賛否両論の作品だと言えるんじゃないかな。
決して嫌いなタイプの作品ではないけど、
9月に観た『あしたのパスタはアルデンテ』といい、
僕はイタリア映画とは余り相性が良くないのかもしれない。
◆満足度◆
★★★
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