略奪。

黄色い星の子供たち
『黄色い星の子供たち』(2010)
●観た理由●
題材に惹かれたのとその歴史的事実を知りたかったので。
●豆知識●
【50年もの間、公式に認められなかった事件。
1942年7月16日、夜明け前の
パリで始まったフランス政府による史上最大のユダヤ人一斉検挙。
子どもも女性も、赤ん坊さえも、1万3,000人ものユダヤ人が
ヴェル・ディヴ(冬季競輪場)に押し込められ、5日間、水、食料もなく放置された。
1995年にシラク元大統領がフランス政府の責任を認めるまで、
事件はナチス・ドイツによる迫害のひとつだと捉えられていた。】
●覚え書き:この映画を観て思ったこと●
こういう作品は鑑賞中にかなりのエネルギーが必要だし、
鑑賞後は涙も枯れ果て絶対と言っていいくらい精神的にグッタリする。
そう分かっていても僕は観ずにはいられない。
これまで観てきた作品と同じく、すべてが“理不尽”としか思えない事実がそこにある。
同じ人間同士なのに、『なぜ?』としか思えない現実がそこにある。
ただ、これまで観てきた作品と明らかに違うところは、
私利私欲やナチス・ドイツとの駆け引きに走るフランス政府に因る、
フランス国内に住むユダヤ人に対して行った迫害だということ。
それは『カティンの森』を観た時に感じた想いと似たような衝撃があった。
…とは言うものの作品的に振り返れば、
良くも悪くもローズ・ボッシュ監督(兼脚本)の演出は
ややドラマチックに作り込みすぎているように思えなくもない。
実在の人物を描きながらも、
映画用に脚色したであろう部分を感じずにはいられなかったので。
その結末にせめてもの“救い”や“希望”を見出すかは
観客ひとりひとりによって受け止め方は違うだろう。
僕はボッシュ監督に最後まで“事実”を描く姿勢を貫いてほしかったので、
逆にその描写で感動が薄まってしまったような気がしてならない。
劇中、ユダヤ系ではないフランス人が数多く登場する。
赤十字から派遣された看護師アネット・モノ(メラニー・ロラン)の
正しく“ナイチンゲール”的な存在やヴェル・ディヴでの消防士たちのエピソードは、
いつの時代にも良識ある善人が居ることに対する喜びに似た想いを感じずにはいられなかった。
…と同時にその場面を観た瞬間、
日常生活においてほんの一滴の水を飲める有難さがとても胸に沁みた。
もし自分がアネットたちと同じ側の人間であったならば、
果たして同じような行動が出来たのだろうか?
観ている間、そういう想いが何度も頭を過ぎった。
物語のオープニング。
最小限の平和な時間。“誰も”が当たり前のように利用できていた遊園地。
物語のラストシーン。
辛うじて生き延びた少年ジョー・ヴァイスマン(ユーゴ・ルヴェルデ)が見つめる、
かつての回転木馬。
これほどまで最初と最後に映るものの意味合いが変わってしまうのは哀しすぎる…。
この作品の上映前に予告編で流れていた『サラの鍵』(12月日本公開予定)も
同じ題材を描いているようなので、また違った視点で観てみたい。
サラの鍵
●満足度●
★★★☆

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